予報によれば、今週末が桜の見頃らしい。もともと花粉症だし、戦争や災害ばかりで花見の気分にならない。
目的もなく花見はしないんだ。少なくとも楽しいだろうと思うから、花見をしようと思う。こんな世の中で何が楽しいというのだ。俺も裏金欲しいよ… 納税義務のない収入が欲しい!
庭の木蓮は盛りを過ぎつつある。ヒヨドリの所為だけでなく落花が増えた。椿も木瓜も盛りを過ぎた。桜の時期にこの庭の花は草だけになる。諸葛菜は花が長いし、ハナニラは次々と湧いてくる。飛燕草が咲き出すと桜草や菫も一緒に咲く。
ホシツヅリという流通名を与えられた サキシフラガ・シンバラリア (Saxifraga cymbalaria) の黄色い花も今が花期だ。何かの花を買った時にいつのまにか庭に入ってきた花だ。
ネットではキンバラリアと書く人もいるみたいだが、その表記が何語読みなのかわからない。およその言語では シンバラリア って発音になると思うんだ。語源はずばり 楽器のシンバル だからね。
一時期は庭全体に広がりそうな勢いで増えていたサキシフラガ・シンバラリアだけど、夏の炎熱でやられてしまうのか、かつての勢いは無くなった。多分種子が飛んで増えるんだと思うんだけど、管理しているわけではない。気にはしているけど、小さすぎてどうしようもない。鉢から出てしまうと草丈が小さすぎて消えるだろう、植え替えようにも根も浅くて、ちまちましすぎてムリ!
さて、ちまちま の語源をGoogleってみたけど、様々な説があってどれもいまいち納得できない。
似たものに ちんまり という言い方もあるし、こじんまり/こぢんまり という表現もある。
ちんまり はおそらく ちん+まり で、まりは おさまる・おさまり に由来するのかなと。ちんは 鎮座とかの漢字の音に由来しているのかと推測する。
大阪の一部で使われる「シュッとしてる」というような擬態語の一種で、ちょうど収まる、小さく納まる といったぐらいの意味が ちんまり なのかなと想像する。
あるいは奈良時代に朝鮮から贈られ、江戸期に人気 (参照:犬公方) のあった小型犬の狆(ちん) に由来するかもしれない。小型犬の狆がちょこんと座っているような感じが ちんまり かもしれない???
いわゆる俗語なんだと思うよ。ご大層な語源がない言葉ってそういうものでしょ。
で、ちんまり が先にあって、繰り返し言葉で何かを強調する意味に変わっていったのではないか?
つまり、ちんまりちんまり が ちまちま になったと考えると日本語としては自然かなと思うのです。
二度同じことを言うのは今でも大阪圏に文化として残っているでしょ。
そやそや!
でしょでしょ!
ほらほら!
だから、ちんまり も繰り返し語として ちまちま になり、細々して ややこしい 苛々する 感じとして使われるようになったのではないかと。
忙しくてイライラしている時に、番犬にもならず役に立たない狆がちんまり鎮座しているのが苛立たしくて、「ちまちましてる!」 って初めて聞いた人もその響きが面白くて、ほんまや、ちまちましてる! マジちまちま!・・・ と日本に広まっていったのではないかと想像したら、楽しくなりました!
犬とか猫を無駄に愛でる人ばかりではないからね。
念のため、あくまで根拠なき ここだけの説 ですよ!!
ちなみに ちんたら の語源は薩摩焼酎の製造工程で、過熱(ちんちん)と凝縮(たらりと垂れる)という蒸留方法に由来するという。
つまり、「ちんたらしてんじゃねぇ」ってことは、蒸留するんじゃないって意味になっちゃうじゃない。だから焼酎などの蒸留酒が好きな人は「ちんたらしてんじゃねぇ」みたいな言い方をしてはいけないってこと。「ちんたらも程々にね」ぐらいにしないともう二度と焼酎やウイスキーを飲むなってことになりかねない。ワイン・ビール・日本酒のような醸造酒はこの限りではありませんが・・・
花見は一人花見で歩き飲み (ゴミ持ち帰り) というのが、結局一番いいよ。わざわざ遠出して名所巡りもいいけど、とにかく一人で気取るのがいい。
都心の桜の多くは川沿いにあるから、歩き花見には都合がいい。水筒などに酒を準備するというのも悪くないね。ゴミにならず、確実に持ち帰ることになる。
本当に酒と花が好きなら、ツマミもいらない。ツマミがないと飲めないと思っていた時期もあったけどな。
ゴミの出ないツマミという制約を自分に課すと、考え抜かれたツマミの準備も楽しくなって、歩き飲み形式を崩さない歩き食べられるツマミとかなり限定されてくる。さらにいえば、できれば手も汚したくない。
昔の中目黒のように露店が出ていて、ゴミの処理も困らない場所ならいいのだけど、そういう場所の方が少ないからね。
ゴミを持って帰ればいいだけなんだから、手の込んだことをちまちまする必要はないんだけど、当日にゴミを出さないという条件を設けることで、脳を使う花見になるわけだよ。
で、ツマミなしで困らないんだけど、脳を働かせる為にツマミを準備する。
手を汚さないとすればイカやジャーキーみたいな乾き物がいい。ナッツ類でもいい。それをビニール袋とかに入れて隠し持つとかすればいい。
自分としてはジャーキーとウイスキーという組み合わせがベストかな。日本酒だったらイカかな。焼酎なら煮干しとか海苔がいいかも。別にスナック菓子でも何でもいいんだけどね。
で、考えるだけ考えた挙句に、ツマミ無しでウォッカを飲んでたりね。
今なら、ツマミ無しで適当なニッカウヰスキーを飲むんだろうな。かなり薄めた味のしない奴を・・・
酒を飲んじゃうと全部デジャブな気がしてさ。今生きている確信が持てなくなる。走馬灯とかの一部か、そもそも自分か世界のどっちかが存在していないのではないかと・・・
ただの酔っ払いだね。
でも今年は花見はしない。そういう気分ではない。
庭を見て 鳥の声を聴き 集る虫をはらう
もうそれだけでいいんだ。
どうせ今年の夏は一層暑くなり、熱中症での死者も昨年上回るだろう。フラッシュ干ばつによる火災も増えて、数ヵ月後の北半球は山火事と局地的豪雨のニュースで溢れるだろう。
庭も枯れていくのかな。鳥も虫も見られなくなるのかな・・・
そろそろ永久凍土から現れる未知のウイルスの出番かもな。辰年神の示すもの、見ようとしない者に見せつけるんだろう、見たくなくても見ることになるんだろう。
腹を括って刮目せよ。これが最後となる者もいるだろう。明日があると思うなよ。綺麗事では済まさぬぞ!
神だろう桜の上にも下にも
拝読し、昔こさえだ駄句を思い出しました
首吊りの枝かもしれぬ花ざかり
桜の枝は折れやすいと聞くけど、花木で首吊りとは気取ってていいな
赤い紫陽花の下には死体があるなんて話もあったけど
横溝正史の獄門島の装い!