唐突に 風林火山 の事を調べてしまった。細かいことはともかく、ネットで調べれば孫子の和訳はいろいろと見られる。ただ、どうしても腑に落ちない点があって気色が悪い。
もともと軍事関連の書物を経営など他の分野に流用する過程で、齟齬や誤謬が生じるのはしょうがない。
先ず、何が引っかかっていたかというと、風林火山の有名な部分「其疾如風 其徐如林」にある「其」だ。和訳すれば「その~」という俗にこそあど言葉と呼ぶ指示語。何に対して「其の」と言っているのかが気になった。
風林火山の件があるのは 軍争編 で、その内容は「迂直(患利)の計」とか「軍争(戦争)は危なり」といったことが書かれている。
要は戦争なんて敵との騙し合いだし、失敗すると全てを失うこともあるから慎重にやれってことがつらつらと書かれているわけ。
つまり「其の」は風林火山の前の記述を受けて「其の」なので、風林火山の部分だけ読むと意味が曖昧になってしまうと再確認したのです。
この軍争編は「戦争って大変だよ」って話で始まって、「迂直」って発想を理解してね、「輜重(補給物資・兵站)」が大事だよなどと続く。で、風林火山の件が出てくる。
で、「だから、相手を騙して、変幻自在、臨機応変に対応なさい」「其れは風のように疾かったり、林のよう徐っとだったり・・・」と続くのです。
つまり、最初の疑問「其」は「敵を騙す迂直の仕掛け」を指していて、それを受けての説明になっているのです。
古代中国語を和訳する過程で、「しずかなること林の如し」なんて訳すから奇妙な文章になるんでしょうね。
これは迂直についての説明でもあるので、「風のようにはやいと見せかけて、林のようにそっとだったり」という迂と直の対句になってるらしいので、そのように読むべきです。
「火と見せて山、陰と思わせて雷」ということらしいから、火のように見えたらは実際には侵掠していない不動の山てことになる。けど、不動と見せて陰に隠れ、いきなり雷のように鳴り響くんだぜ って話らしい。
難しいのが次の三つのセンテンス。
掠郷分衆 廓地分利 懸權而動
一般訳は「手分けして物資を現地調達し、領土を広げたら兵士に利益を分け、よく検討してから動け」といったニュアンス。
でもどうしても 掠郷分衆 の和訳が納得いかない。なぜなら、先に 郷の案内人がいないと大変だよ って言ってるし、これから占領する土地の住民を襲っても利がないでしょ。
ロシアとウクライナの戦争を見てみなよ。イスラエルとパレスチナの戦争を見てみなよ。住民を襲うと戦争以上に怨嗟が長引くだけで、全く利がないの。戦争が終わってもしばらくは報復行為が民間レベルで続くかもしれない。実際にパレスチナでは続いてるよね。
物資を徴収するのは仕方がないけど、人を襲ったらその土地は怨嗟の嵐になるでしょ。
だから 郷と衆を分けろ という意味ではないかと思ったんだけど、そういう和訳は見当たらなかった。
「衆を分けて郷を掠めよ」→「衆の生活分を残して、郷の物資を奪え」という意味なら、戦略として合点が行くでしょ。不要な敵意を買うな ってことだし、占領地の新国民だからね。でも、敵兵の分の物資は残さない。これで敵がさらに郷から物資を奪えば、怨みを買うのは敵側ってことになる。
続く 廓地分利 の「地を広げて利を分けよ」って訳も、廓を広げるという意味で訳してるんだけど、おそらく「囲う」というニュアンスなんだと思うんだよね。
すると「領土は囲う・占有するけど、利益は分ける」という対句になる。広げると訳したのは部首が同じ 广(まだれ) だったからなのかな。でも廓は囲われた城郭都市のニュアンスを持つ字だよね。
迂から直、直から迂への変幻自在・臨機応変を説いている対句だから、暗に 分ける と 分けない の対句になってると思うんだよね。
「郷の物資を奪っても衆の分は残し、土地を占領しても利益は分ける」
これならば戦略として筋が通ると思わない?
郷の衆は将来の味方の兵士・国民にすべき人達だからね。ロシアやイスラエルのように恐怖で支配するのは合理性がないと思うんだよね。
郷の衆ではなく、連れてきた兵士としての衆という解釈が一般的みたいだけど、「手分けして掠奪しろ」とか「郷を襲って、衆(兵士)に分けろ」って訳も見られるんだけど、軍の維持のためでなく、兵士に分けるための掠奪ならば、ただの盗賊だよね。軍の維持=兵士に配る だとしても、それなら兵士に分けろなんて改めて指摘する必要がない。それならば「軍の維持のために素早く掠奪せよ」だけでいい。
軍争編は敵に先んじてすべきことの話だから、ニュアンスとしては「敵の軍隊の分を残すな」「敵に不利な状況を作れ」という意味で考えるべきだと思うんだよね。
だとすれば、やっぱり連れてきた味方の兵士(衆)ではなく、これから占領する郷の衆を分けろということになると思う。すると「郷は掠めるけど、衆を分けよ」→「物資調達の際は郷の衆の分を残せ」そして「領土を獲得した暁には、生産物は分け与えよ」つまり郷の衆の怨みを最小限にするように「先々をよく考えて行動しなさい」と、全てがしっくりくると思わない?
孫子 軍争編 抜粋 | 私訳 |
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不用郷導者 不能得地利 | 郷に詳しい道案内を採用できなければ、地の利は得られない |
故兵以詐立 以利動 以分合爲變者也 | だから、軍事作戦は敵を欺いて準備し、有利な時に動き、離合集散 変幻自在 臨機応変に対応しなければなりません |
其疾如風 其徐如林 | その変化とは風のように疾いと思わせて、林のように徐そっとだったり |
侵掠如火 不動如山 | 火のように攻めると見せて、山のように動かなかったり |
難知如陰 動如雷霆 | 陰のように消息を絶ったと思えば、雷のように激しく目立つように動いて見せるのです |
掠郷分衆 | 掠奪しても、住民の分は残し |
廓地分利 | 土地を占領しても、利益は分けて |
懸權而動 | 先々を量って行動しなさい |
先知迂直之計者勝 | 変幻自在 臨機応変の迂直の仕掛けの理解が先んじている者が勝つでしょう |
此軍爭之法也 | これが軍争の基本原則なんだぜ |
なんで急に風林火山の話になったのかは、つまらないことなので封印するけど、軍争編は戦争開始序盤の仕掛け方みたいな話らしくて、まだこの続きがある。
ここまでの話はあくまで敵に先んじて有利な場所に陣取りたいけども、無理すると戦う前に疲れちゃうから、不利な状況を有利な状況に変えちゃえばいいよ って話をしている。
この後に命令伝達、時間帯ごとの注意事項、兵士の士気、地形の話などが続く。ちょっと飽きちゃう内容。
武田信玄が風林火山の所だけを切り抜き投稿した気持ちがわかるよ。
でも、信玄さんの切り抜き投稿がバズった影響で 風林火山 の意味を勘違いしてる人は多いと思うよ。
「風のように動け」って意味ではないからね。「風のように動くと見せかけて林のようそっと動け」って話なの。「火のように攻めろ」ではなくて、「火のように見せて、山のようであれ」って話だからね!
だから、川中島の合戦のように、山のように動かないと見せかけて奇襲を仕掛けたら、上杉軍も看破して先行して奇襲を仕掛けてきていて乱戦になっちゃったのね。
だから武田勝頼はダメな武将なの。信長と真っ向から敵対している時点で 迂直 ではないから失格です! 信長が攻めてきた時点で退いてないと負けなんです。
ウクライナ軍もゼレンスキーやザルジニー云々以前に、ロシアに先手で攻められた時点で宜しくない。その後もプーチン暗殺を積極的に狙うべきだったけど、少数なのにがっぷり四つ相撲ってナンセンスなのよ。そろそろプーチンを殺さないと、ゼレンスキーが死ぬと思うよ。
ハマスもダメだな。郷の衆を掠奪しても殺してはいけない。孫子の兵法としては、物資を奪っても住民の生活分は残しておかないといけない。尤も1947年から続く戦争なので、今更かもしれないけど。で、ネタニヤフも強盗殺人を続けてるから砂漠なのに泥沼という 人でなし戦争 に陥るわけだね。
そこがウクライナが辛うじて戦い続けられる理由なんだと思う。ロシアは無制限の殺人 略奪をするけど、ウクライナはそこまでしてないから。でも孫子的には戦争だから 奪え というわけだ。
でも、ウクライナは十分に奪えていない。北朝鮮や中国から物資調達ができるロシアから奪うには、深く入り込まないといけないが、初手の段階でウクライナ側は無駄な時間を消費したよ。プーチンめがけてまっしぐらに暗殺を仕掛けていれば、状況は変わっていたかもしれない。
近代国家の主権者は国民だから、どんなに独裁者が支配していようとも死ねば変化が生じるはずなんだけどね・・・
春ならば風林火山は物足りぬ 梅桃桜木蓮華こそ